2022/12/06
第4回コラム オムニグラフトによる植毛術について
欧米では1990年代中ごろに機械を使った植毛術の発表があいついだ時期がありましたが、いつの間にか下火になりその当時の機械で現在もつかわれているものはほとんどありません。
ところがそのような世界の潮流とはちがって我が国では機械式の植毛術がけっこう幅をきかせています。
具体的な機械の名称はオムニグラフトといって90年代に発売されたフランス製のカルビトロンという機械の後継機種です。
これを使っているクリニックのホームページでは集客上当然のことかもしれませんがそのメリットを実際以上に強調しているように思います。
反対に欧米の多くの植毛医はこの植毛法にネガティブな印象をもっているようですが、一般の方々の耳にはそのような意見はあまり入らないのが実情です。
今回機械式の植毛法に焦点をあてて論じることにします。
オムニグラフトのしくみ
オムニグラフトを使ったドナー採取の過程は2通りあります。
ひとつはマルチブレードナイフとヘアトームを使ってドナーを採取し株分けする方法、もうひとつは電動式のパンチで1コ1コ株をくり抜きドナーを採取するダイレクト法と呼ばれる方法です。
さらにこれらの2つの方法で株をつくったあと1ミリ程度の径のパンチを使って植えつける穴をつくり、移植用のハンドピースでつくった株を吸引してピストンでおし出してそのパンチ穴に植えつけるというものです。
機械式の植毛法の技術的な欠点について
マルチブレードナイフとヘアトームでのドナーの毛根切断のリスクはかなり大きいと思われます。
それをおこすと発毛しないか、発毛しても移植毛が産毛化して貧弱なヘアにしか成長しません。
マルチブレードナイフを使った場合の毛根切断率は顕微鏡下で厳密に調査すると8~20%と報告されFUTの提唱者の一人Bernstein博士はこの方法を”ドナーのホロコースト”だと酷評しております。
ヘアトームによる毛根切断もあわせると平均30%もの毛根切断のリスクがあると実際にオムニグラフトを使って多くの手術を手がけた某医師は医学雑誌に発表しています。
彼は論文の中で『繊細で質の高い植毛術を考慮する場合には、この毛根切断率は許容できないため、マルチブレードナイフとヘアトームの使用は控えるべきである。
熟練スタッフの充実した施設では、マルチブレードナイフとヘアトームを使用する利点はなく、自動植毛機(オムニグラフト)の使用は極めて限定されたものと なり、熟練スタッフ数が限られる場合や初心者集団で植毛術を行う場合に限り、自動植毛機を使用する植毛法が容認されると考えられる。』と結論づけてもいま す。
彼の正直さには敬意を払いますが彼が述べた言葉には残念ながら同意することができません。
医師はいつも”ベストな方法”を追求すべきであり、経験の浅い時期には次善の方法を使っても良いという理屈は通らないと思うからです。
ダイレクト法とは電動式のパンチで1つ1つの毛穴( FU )をくり抜いて直接FU株をつくる方法です
現在世界中でFUEという技術が注目されています(これについては来月にとりあげる予定です)。
ダイレクト法とは電動式パンチによるFUEだと考えて下さい。
FUEも毛根切断のリスクが問題となりこれを最小にする目的でシャープなパンチと鈍なパンチの2本を併用するSAFE法や毛根切断をおこしにくい特殊なパンチが開発されていますが、そのようなマニュアルな方法でも最低5%程度の毛根切断はさけられません。
オムニグラフトを使う某クリニックではダイレクト法では最新のマニュアル法より毛根切断率は低いと発表していますが、それをうのみにする植毛医は少ないと思います。
一方先にのべた某医師は『ダイレクト法はマニュアル法より毛根切断のリスクが大きい』また『ダイレクト法よりマニュアル法のFUEの方がはるかに安全なので、毛根切断をおこしやすいケースではダイレクト法をつかうべきでない。』と正反対の結論を述べています。
どちらかというと彼の言い分の方が常識的で説得力があると感じます。
ただ『簡単なケース(毛根切断の少ないケース)ではダイレクト法が手術時間が短くできるのでメリットがあり、難しいケース(毛根切断の多いケース)ではマニュアル法がよい』という彼の意見には同意できませんが。
何度も言うように医師ははじめから”ベストの方法”を行うべきだからです。
オムニグラフトのパンチ穴による植えつけは
スリット法に比べいろいろ不利な点があります
下の写真はマイクロホール vs マイクロスリットを比較したものです。
同じ面積には同じサイズのスリットの方がパンチ穴より多く入れることができます。
(1) 植えつけ密度がスリット法より低くなりやすい。1c㎡あたりに1ミリ径の穴と1ミリ径のスリットをあけてみればわかりますが、スリットの方が圧倒的に多くの移植毛が入ると思います。
(2) ヘアライン付近は頭皮と移植毛のつくる角度が45°くらいが適切だといわれていますが パンチ穴ではそのような角度で植えつけにくく、ヘアと頭皮の角度がより小さいコメカミにはオムニグラフトではどうしてもうまく植えつけることができません。
(3) パンチ穴をつかうとショックロスのリスクが大きくなります。
(4) パンチ穴をつかう場合、植えつけ範囲の瘢痕化の程度が同じサイズのスリットの4倍にもなるという報告があります。 つまりパンチ穴を使って植えつけた頭皮は傷のために硬くなってしまい、特に複数回の手術ではその傾向が大きいということです。
以上に述べたように機械式の植毛法では株分けから植えつけにいたるすべてのプロセスで問題があるといえます。
なによりマルチブレードナイフとヘアトームによる株分けはFUT以前のマイクロ・ミニ植毛の概念を機械で行うということであり、ダイレクト法とはFU株で の株分けという概念ですからこの2つの全くちがった概念の方法を1人の患者様に選択させるということにそれをつかう医師は矛盾を感じないのでしょうか?
機械式の植毛法の長所と考えられる点について
手術時間の短縮のメリットは?
マルチブレードナイフとヘアトームでは慣れるとたしかに株分け時間の短縮ができる可能性はあります。
ただオムニグラフトを使っている某クリニックのホームページの”株は新鮮なほど生着率が高い”という”生けづくりの刺身が一番おいしい”さながらの表現は正確ではありません。
移植毛はきちんと温度や水分管理されている場合、頭皮から切り離されて4時間までは生着率の低下はなくそのあと1時間ごとに1%ずつ低下する事実は実験で証明されています。
むしろ顕微鏡を使って時間をかけて”良い株”をつくるという努力の方が瞬間的にブラインドの状態で株をつくることより”良い結果”に結びつくと考えます。
スタッフの省力化のメリットは?
機械を省力化と熟練したスタッフのかわりに利用できるとは思われません。
植毛界のドンだったShiell博士はオートメーションの機械を使ってもそういうことにはならないと1999年の時点で予言しています。
『自動車の性能が格段に向上して、たとえばマニュアルギアからオートマになった時点でもドライバーに必要な運転技術のレベルは変わったか?ちっとも変わらない。同じように植毛にはいつだって経験豊富なスタッフが必要なことには変わりがない。』と主張しています。
機械で手術費用を安くできるメリットは?
経営上の一番の負担はいつの世でも人件費なので機械を使えばコストダウンできる可能性があります。
ただ残念なことに現実にはそうなっていないようです。
人手をかけた植毛よりオムニグラフトをつかう手術料が高いのは不思議なことです。
『先生はどうして機械を導入しないのですか?』と聞かれます。
たとえばすし職人がすしマシーンをセールスされた時、その味が自分のにぎったすしよりうまいか同じでなければそれを買いません(現実にすしマシーンの方が職人のすしよりうまくつくれるなどという話は考えにくいですが)。
アメリカ人植毛医達に『どうして日本ではあのような機械を使った植毛が流行っているのか?』とたずねられます。
彼らは現在の性能の植毛機を導入してもきびしい生存競争に生き残れないと考えているようです。
トップレベルの植毛医の追及する植毛法はオムニグラフトで達成できる程度の結果よりはるかに上を目指しているということのようです。